メルヘン社の絵本 ベストセラー選書  ヒット カウンタ


きりんのセシリーと9ひきのさるたち
H. A. レイ 文・絵 光吉夏弥訳 \1,400

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きりんのセシリーのおもちゃ(ソフトトイ)
身長30cm
¥3,500(本体)

「ひとまねこざる」のシリーズで世界じゅうの人気者のおさるのジョージは、アフリカで生まれました。おかあさんや7ひきの弟たちと、しあわせにくらしていましたが、ある日、木こりたちが森の木を1本のこらず切ってしまい、すむところがなくなってしまいました。

しかたなく、にもつを持って、あたらしく住むところを、さがしに出かけました。

歩いて、歩いて、歩きつづけるうちに、深い川の岸にきました。渡れないでこまっていると、向こう岸に、きりんのセシリーがいて、橋になってくれました。

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身長30cm
¥3,500(本体)

セシリーは、うちのものも、ともだちも、みんなとおい国の動物園へつれられていってしまい、まったくのひとりぼっちでした。

9ひきのさるたちは、しばらく、きりんのうちにおいてもらうことになり、たちまち、セシリーとなかよしになりました。

セシリーがシーソーになって、みんなで、ぎっこん、ばったん。それから、長いきりんのくびをすべって、スキーをしたり、ヤシの木できりんにたけうまを作ってやったり、海岸でほかけ船あそびをしたり、パラシュートとびをしたり、毎日、たのしくあそびました。

さいごに、お別れの音楽会をひらくことになったとき、とつぜん、セシリーの家が火事のなり...、でも、さるたちの大かつやくで火事はまもなく消え、セシリーはみんなに、いつまでもうちにいてもらうことにしました、

9ひきのさるたちと、きりんのセシリーは手をとりあって、輪をつくり、大声で歌いながらおどりまわりました。

 

作者紹介

この楽しい本は、H. A. レイ夫妻が、1940年に最初にかいた絵本で、まずフランスで出版されました。夫のハンス・アウグストは、1898年にドイツのハンブルグで生まれ、幼いときから、動物が好きでした。絵も2歳のときから描いていましたが、絵の学校で正式に学んだことはありません。ハンブルグとミュンヘンの大学で哲学と医学と語学を学び、その後、ドイツの大インフレを避けて南米へ渡り、1923年から35年まで、リオ・デ・ジャネイロの親類の商社で働いていました。1935年、ハンブルグからきたマーガレットとふたりで広告代理店をはじめ、まもなく結婚してヨーロッパへ新婚旅行に出かけ、そのまま4年もパリにいついてしまいました。その時、ある雑誌に掲載されたきりんの絵が評判で、それをもとにして作ったのが、この「きりんのセシリーと9ひきのさるたち」でした。

1940年、大戦でリオに引きあげ、その秋、ニューヨークに移って、1946年にアメリカ市民になりました。「ひとまねこざる」のシリーズは、1941年から出版されはじめました。

夫人のマーガレットもハンブルグの生まれで、デッソウの「バウハウス」やジュッセルドルフやベルリンの美術学校で絵を学びましたが、その後、絵筆からペンに転じ、さらに写真家に転向して、ハンブルグでスタジオを開いていました。

この本も、「ひとまねこざる」のシリーズも、ハンスが絵を描き、彼女が文を書くという夫妻のコンビで生まれたものですが、ハンスは1977年の夏、78歳で亡くなりました。


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